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東京高等裁判所 平成12年(ネ)4345号 判決 2000年12月07日

控訴人 社団法人全国宅地建物取引業保証協会

右代表者理事 河原将文

右訴訟代理人弁護士 佐久間豊

同 深沢守

同 堀克巳

同 沼口直樹

控訴人補助参加人 西村一生

他1名

右両名訴訟代理人弁護士 村上典子

被控訴人 山崎伸

右訴訟代理人弁護士 今村幸次郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

二  被控訴人

控訴棄却

第二事案の概要

一  被控訴人とその妻である山崎ヒロ子は、控訴人の社員である有限会社家元建設(家元建設)に対し土地建物を売却したが、家元建設が残代金八五〇万円を支払わないことから、被控訴人は、宅地建物取引業法(宅建業法)六四条の八の規定に基づいて、控訴人に対し弁済業務保証金の還付に関する認証の申出をしたところ、控訴人はこれを認証した(本件認証)。しかし、その後、控訴人は、家元建設については被控訴人よりも前に補助参加人らからの認証申出のあったことを理由に、同人らに対し保証限度額である一〇〇〇万円の認証をし、本件認証を撤回した。

本件は、被控訴人が、認証の撤回は許されず、控訴人の認証撤回は法律上の根拠のない違法な措置であるとして、不法行為を理由に控訴人に対し還付金相当額の損害賠償を求め、また、これとは選択的に、撤回は無効であり、本件認証によって被控訴人に還付されるべき弁済業務保証金は、控訴人と被控訴人との間の委任契約に基づいて控訴人が還付を受け保管しているとして、その支払を求めた事案である。

原判決は、控訴人の認証の撤回は無効であるとして、控訴人が被控訴人の受任者として東京法務局から還付を受けて保管している八五〇万円及び遅延損害金の支払を求める被控訴人の請求を認容した。そのため、控訴人が不服を申し立てたものである。

二  右のほかの事案の概要は、次のとおり付加するほか、原判決の該当欄記載のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人の当審における主張)

1 原判決が、認証の撤回を無効としたのは、法令の解釈を誤ったものである。

宅建業法六四条の八第二項にいう認証とは、宅地建物取引業保証協会(保証協会)が弁済業務保証金の還付(弁済)を受ける権利の存在及びその額を確認し証明することである。その性質は、会計法上の支出負担行為の認証に近いものといわれている。すなわち、会計法上の認証は、支出負担行為認証官が、当該支出負担行為が法令または予算に違反することがないかどうか、金額の算定に誤りがないかどうかなどについて審査し、その正当性、適正を確認する行為であり、その性質は、確認行為であり判断の表示であるが、宅建業法の認証は、これに近い一種の査定と考えられているのである。

そして、認証の手続は、訴訟手続と異なり、厳格な証明手続や対審構造を要求されない手続であり、判決と違って既判力等の効果も一切ない。あくまでも、申出人に対して還付請求権の存在及びその額を証明する行為にすぎない。原判決は、認証手続を準司法作用と捉えているのかもしれないが誤りである。認証により、申出人は還付請求権の行使が可能となるが、認証により還付請求権が発生するものではない。申出人の還付請求権は認証の有無にかかわらず実体的に発生していて、認証は単にその存在を確認し、その行使を可能ならしめるものにすぎない。このような認証の撤回を制限する法律上の根拠は存しない。

2 仮に原判決の判示するように認証の撤回が制限されるとしても、本件で撤回を認めなかったのは誤りである。

本件では、被控訴人は第二順位の申出人であり、第一順位の申出人に対して認証がされれば、認証額の残額のみについて認証を得ることができるにすぎない。ところが、控訴人は内部の手続上の過誤によって、被控訴人を第一順位として扱い認証してしまったのである。認証撤回の合理的理由が存するというべきであり、また申出人に当該利益を保持させておくことが違法ないし著しく不当な場合というべきである。控訴人内部の過失は、一旦認証を受けたことによって申出人が損害を被った場合に、損害賠償の問題として検討されるべきもので、認証の撤回の可否と関連させるべきものではない。

3 予備的相殺の抗弁

被控訴人に対する認証は、本来すべきでないものであり、宅建業法に違反する無効な認証である。したがって、被控訴人が還付金を取得・保持する法律上の原因は存在せず、仮に被控訴人に還付金引渡請求権が認められるとすれば、控訴人は被控訴人に対して不当利得返還請求権を有することになる。そこで、控訴人は、右不当利得返還請求権をもって、被控訴人の還付金引渡請求権と対当額で相殺する。

(被控訴人の当審における主張)

1 認証申出書や苦情処理申出書が受理されたといえるには、少なくとも、その提出に対してこれを受領した日と時刻を特定して記載したうえ、右の日と時刻を申出人に通知することが必要と解すべきである。補助参加人らの認証申出書(乙七)には、控訴人がいつ受領したのかが窺える記載は全くなく、そもそも受領したのかどうかも不明であって、到底受理されたとはいえない。そして、乙七号証の後に、補助参加人らの代理人による苦情処理申出書が受理されたのは平成一一年三月一一日午前一〇時四九分であり、同代理人による認証申出書が受理されたのはそれ以降である。したがって、認証申出に関しては被控訴人が先順位であって、補助参加人らが優先するとしてされた本件認証の撤回は許されない。

2 控訴人における弁済保証業務制度は、宅建業の適正な運営を確保し、消費者の利益を保護するという社会的要請に基づき、宅建業法に規定されたものである。建設省の監督のもと、控訴人が建設大臣の指定を受けて適正・公平で確実かつ迅速な弁済業務を行うことが義務づけられているなど、公的側面の非常に強い事業である。控訴人の認証は、宅建業者との間の宅地建物に関する取引で損害を被った消費者に対して、適正で確実な損害補償をする利益的処分行為であるから、受益的行政処分の取消しないし撤回が制限されるのと同様に、申出人に不正その他の有責事由がある場合等でなければ撤回できないというべきである。

第三当裁判所の判断

一  当裁判所も、被控訴人の請求は理由があるものと判断する。その理由は、次に記載するほか、原判決の理由記載と同一であるからこれを引用する。

1  事実の経過

当事者間に争いのない事実及び原判決挙示の証拠によれば、原判決の「事実及び理由」の第二事案の概要一争いのない事実(四頁以下)及び第三争点に対する判断一証拠により認定できる事実(一四頁以下)に記載された事実が認められる。そして、右事実と《証拠省略》によれば、本件の事実の経過は次のとおりである。

(一) 控訴人は、平成八年一一月一二日に控訴人の千葉地方本部で受理した被控訴人からの苦情解決申出について、これを認証申出として取り扱い、平成九年一一月ころから認証審査手続に移行した。そして、一年半に及ぶ審査等を経て、平成一一年五月一四日、被控訴人が弁済を受けることができる額が八五〇万円である旨の認証を行った。また、同年六月一日、被控訴人から弁済業務保証金の還付と被控訴人への振込に関する手続の依頼を受けた。

(二) ところがその後、家元建設に関して、補助参加人らが代理人を介して、平成五年一一月二四日に千葉県宅建業協会に相談票を提出し、同月二九日には控訴人宛の認証申出書を提出したが、同協会の担当者は受理の日や時刻を記入せずに自己の机の中にしまい込んでいて、苦情解決事案及び認証申出事案としての登録もせず放置していたことが判明した。

(三) そのため控訴人は、平成一一年三月一一日以降に補助参加人らの新たな代理人から提出された苦情解決申出書及び認証申出書をもとに、これを平成五年一一月二四日に受理したものとして平成一一年八月六日付で認証した。

(四) そして控訴人は、同日付で被控訴人に対し、認証を撤回することとし、同年九月六日、その旨を記載した認証申出書を被控訴人に手交した。また、(一)の被控訴人の依頼により還付を受けた弁済業務保証金八五〇万円を保管しながら、被控訴人への支払を拒んでいる。

2  認証の性質とその撤回の要件

弁済業務保証金制度は、宅建業法二五条以下で定める営業保証金の代替的な制度として、集団保証の方法により各宅建業者の負担を軽減しつつ、宅建業者との宅地建物取引により損害を被った相手方に対し、法定の範囲内で、保証協会の認証という方法による迅速な救済を図るために設けられたものである。

すなわち、宅建業者は、建設大臣の指定法人である保証協会に加入して一定額の弁済業務保証金分担金を納付すれば、保証協会が所定の額の弁済業務保証金を供託する。そして、保証協会に加入した宅建業者と宅地建物取引業に関する取引をして損害を被った者は、営業保証金相当額の範囲内で弁済業務保証金から弁済を受ける権利を有する。ただ、その権利を行使しようとするときは、保証協会に対して認証の申出をして、弁済業務保証金の還付を受ける権利の存在及びその額についての認証を受けなければならない。保証協会は、認証の申出があったときは、当該申出に理由がないと認める場合を除き、法の定める金額の範囲内において、当該申出にかかる債権に関し認証をしなければならない。こうして保証協会による認証を受けた者は、供託所に還付請求をし、供託された弁済業務保証金の還付を受けることができる。

このように、保証協会は建設大臣の指定法人としての立場で、法令に基づいてその公共的業務として弁済業務保証金制度による弁済業務を行うものである。そして、その業務の中でも認証は、申出人の弁済業務保証金の還付を受ける権利の存在及びその額を確定し証明する行為として、法により保証協会にのみ与えられた権限である。これにより宅建業者の取引の相手方は、営業保証金の還付請求の場合のように民事訴訟を提起して確定判決等を得て、その正本等を添付する必要はなく、簡便かつ早期に損害の填補を受けることができる。しかし、その反面、取引をした相手方にとっては弁済業務保証金の還付を受けるためには、保証協会が認証した旨記載された書面の添付が必要とされ、認証はその権利行使のための要件となっている。指定法人である保証協会の行う認証は、その性質上公権力の行使でも行政処分でもない。しかし、公共的業務としての弁済業務に関して法によって特に保証協会に付与された権限であり、その行使はあくまでも法令に基づいて適正・公平で確実かつ迅速に行われることが求められる。

そして、前述のような認証の意義、内容からして、それは単なる形式的な事実の確認にとどまるものではない。還付請求権が発生する原因事実や金額を判定するための様々な事実が存在するか否かについて、事実を認定し、その事実について法を適用する作業を必然的に経ている。そして、その結果を認証という形で外部に表示するものである。あたかも裁判における権利の存否についての判定作用に類似するものということができる。勿論、裁判そのものではないから既判力等の効果を生じるものではない。しかし、その判定作用たる性質からすれば、一旦認証をした後には軽々しく覆されることがないことが求められているといえよう。

また、認証は、これを受けた者に供託所に対する還付請求権を取得させる法律効果と供託者の供託所に対する取戻請求権を消滅させる法律効果を生じる。この法律効果は、認証が一面において私法上の法律行為であることに基づくものである。したがって、その無効、取消し(撤回)が認められるためには、私法の一般原則に従い、認証に法律行為としての無効、取消原因の存在することが必要であるというべきである。

3  本件認証の撤回の効力

前記の事実の経過でみたように、控訴人は一年半に及ぶ審査を経て本件の認証をしたのである。控訴人はまさに時間をかけ慎重に権利の判定をしたのであり、それを後になって事実の認定に過誤があったから判定を覆すといっても、これを軽々しく許容することができないのは当然であるといわねばならない。一個の認証という結論を出すのには、多数の事実の認定の積み重ねと法律判断がなされている。その中の一つの事実判断でも狂えば結論が変わってくるのである。仮に控訴人のいうように、事実判断の過誤の主張を許せば、過去にされた多数の認証を含めて認証の効力は極めて不安定なものとならざるを得ない。そのようなことでは認証制度そのものが維持できなくなるであろう。また、前記の事実の経過でみたように、過誤の原因は専ら控訴人の側にあって、その過失の内容も重大であると認められる。したがって、法律行為としての面からみても、無効、取消原因の存在を認めることはできない。

よって、本件において被控訴人に対する認証の撤回(正確には取消し)を無効であるとした原判決の判断は、結論において相当である。控訴人の当審における主張1は採用できない。

4  控訴人の当審における主張2について

控訴人はその内部における手続上の過誤が原因で誤った認証をした場合でも、その撤回を認めるべき合理的理由があり、過失は申出人に対する損害賠償の問題として検討されるべきであると主張する。しかし、認証は、その意義や判定作用たる性質からたやすく変更できるものではなく、法律行為としての面からも無効、取消原因が存在しない限りその効力が覆されるものでないことは前述したとおりである。この点の控訴人の当審における主張も採用できない。

5  控訴人の当審における主張3について

控訴人による被控訴人に対する認証の撤回ないし取消しが認められない以上、被控訴人はその本来有している弁済業務保証金の還付を受ける権利を有効に行使できるものであり、その結果としての還付金の取得は法律上の原因を欠くものではない。したがって、右還付金の取得が法律上の原因を欠き不当利得であることを前提とする控訴人の当審における主張3は、その余について判断するまでもなく採用できない。

二  以上によれば、被控訴人の請求を認容した原判決は結論において相当であり、本件控訴は理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 淺生重機 裁判官 西島幸夫 江口とし子)

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